ごめんね
そう、君はいって笑った。
別れの曲
流れていく、雲を見ていた。
窓際の僕の席。いつもここから外を眺めていたから、青空といえばこの場所から見える景色だった。だって、ここから、
「理樹」
かけられる、声。
ドアの方を見ると、そこには一人の女子生徒が立って、こちらを見ていた。耳元に小さな鈴の髪飾りをしている、ポニーテールの僕の幼馴染。
「鈴」
名前を呼ぶと、それが合図というようにこちらに近づいてくる。机の間を縫って、僕から目をそらさずに、耳の鈴を、りんと鳴らして。
「どうしたの?用事がすんだらそのまま寮に帰るって言ってたじゃない。」
たどり着いた彼女は、僕の前の席の机に腰掛けるように座って、さっきの僕と同じように窓の外を見つめはじめた。胸元に飾られた花が、ふいに吹いた風に小さく揺れている。
「先生たちに挨拶してきたんでしょ?」
「・・・・・・」
「鈴?」
何も答えない彼女に、僕は彼女の顔を下から見上げる。まっすぐなその紅い瞳は窓の外を見つめているけれど、でも、その瞳はきっと青を映していない。
「・・・よく、ここがわかったね」
目の前で、握りしめられているその手のひらが、痛いほどに彼女の緊張を伝えていた。人との会話が苦手な彼女だけれど、この頃はだいぶ笑うようになったし、それに何より、幼馴染の僕に対しては何の気兼ねもなかったはずなのだ。それなのに、
「・・・・・・」
いま目の前で無言のまま、外を見つめている彼女は、まるで縫い付けられているように口を開かない。いつの間にかその瞳は、何かを睨んでいるようにこわばっている。
「鈴・・・」
呼びかける。その白い手の甲に、僕はそっと、自分の手を重ねた。
「・・・今日で、」
「・・・ん?」
「今日で、卒業だ」
「うん、そうだね」
話し始めた彼女は、一つ一つ区切りながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
震えている、その震動が、僕の手へと伝わってくる。
「理樹は・・・」
「うん」
「・・・あた、しは」
ふいに、その眉がゆがむのを見る。「鈴?」思わず声をかければ、彼女はうつむくことで、僕から顔を隠した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間に落ちた沈黙。僕は彼女を見つめているけれど、鈴はうつむいたままだ。どうしようかと、そんなことを考えながら、僕はふと、視線を元に戻した。
空を、見つめた。
「・・・ねえ、鈴」
「・・・・・・」
沈黙に、けれども僕は言葉を続ける。
「ここから見える景色がね、僕は一番思い出に残っているんだ。何でだろうね。グラウンドとか、寮とか、時間で考えても、それ以上の場所なんて、何処でもあるはずなのに・・・」
「・・・」
「気がつけば、この場所に来てしまうんだよ」
ここは、学校での最後の、自分の教室じゃない。
三年は、一つ上の教室だ。けれども、気がつけば僕は二年の、この教室にいる。帰る前にと、そう思って校内を回って、そして最後に、この場所に来た。
「・・・好きだからだろ」
ぽつりと、その声はいきなり聞こえてきた。
「好きだからだろ」
彼女を見る。
彼女はまるで怒っているように眉を歪めてこちらを見つめていた。
「そう、なのかな」
「絶対そうだろ。理樹は頭悪い」
言い捨てるように言って、そのあとにまた言葉をつづけて、
「理樹は、だから気付いてないんだ」
「鈴?」
「だから、気付かないんだ」
一呼吸置いた後に、その言葉は聞こえてきた。
「好きだ」
りんと、窓から届いた風に鈴が鳴った。
「理樹が、好きだ」
強い彼女の、その視線を受ける。
「でも、理樹は違う。理樹はこの場所が好きなんだ。だから、違う。そんなの、知ってる。けど、でもな、」
「鈴」
「でも、一緒にいたかったんだ」
泣きそうに歪んでいる彼女の顔は、けれども瞳がぬれることはない。
それが、彼女の強さなのか。あの世界で与えられた、彼女の、
「あたしは、ここにいるぞ」
「・・・」
「理樹がいやだって言ってもここにいる。理樹が何処にいたくても、私は理樹のそばが好きなんだ。だってあたしにはもう」
「鈴」
ガタリと、立ち上がって彼女の言葉を妨げた。彼女は一瞬はっとしたように眼を開いて、けれどもこちらをまるで睨むように強く見つめてきた。
「その先は、云っちゃだめだよ。」
「・・・」
「未来を断定してはいけないよ。僕らは生きているんだから、これからのことは分からない。言葉で縛っちゃいけない。鈴はこれからたくさんの人と出会うんだ。だから・・・」
「いつもそうだ」
それは低い声だった。
「いつもそうだ、理樹はそうやってはぐらかして、まるであたしに許してくれない。これから何があるのか、分からないのは理樹だって同じじゃないか。なのに、なのに理樹はっ」
だんだんと大きくなる声に、同時に高揚していく彼女の頬。
「理樹はっ理樹はいつでも一人でいたがるっいつも笑って、あたしのそばにいてくれるのに、あたしの隣にいてくれるのにっ理樹はっ」
「鈴」
「理樹はっそれをあたしに許してくれないっ」
一緒にいてあげたいと、いつか、そう思った。
訪れた絶望の現実に、それでも前に進もうとしている彼女の顔を見て、そう思ったんだ。
そばにいて、笑って、彼女を見守りたい。幸せにしてあげたい。できる限りで、彼女が迎える未来を見守りたいと、彼女がいつかまた、心から笑えるようにと・・・
「理樹は自分勝手だっ」
そう、願うことは、いけないことだったのだろうか。
ねえ、
「他人に押し付けるなっ」
どうしていたのかな・・・
「自分から逃げるなっ」
どうやって彼女を、笑わせていたのだろうか・・・
「理樹なんてっ」
「鈴」
空は、
「ごめんね」
青いまま、僕を見つめている。
「・・・っ」
いつでもぼくは、
「ごめんね、鈴」
空を、見上げていた。
彼女が立ち去った後も、僕はそのまま椅子に坐ったまま。
きっともうここに来ることはないだろうから、最後に目に焼き付けていたいと思っていたんだ。
青い、空。
君はそれを背中に、僕にいつでも笑いかけてきた。
僕はそれを、笑って見つめてた。
『下校時間になりました。生徒の皆さんは速やかに・・・』
ノイズ音が、響く。
校内放送が流れ始める。
終わりの、その合図。
『では、この曲を最後に、お別れです・・・』
―別れの、合図、
『 』
fin.
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バッドエンドver 理樹←鈴ssでした。
不快になられた方いらっしゃったら本当にすみません。
ただ書きたいがままに書きました。
それだけです。
ではでは、これにて。
2009.8.19 雪風華